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京都地方裁判所 昭和38年(ワ)1148号 判決 1965年2月27日

原告 杉山倖一郎

被告 大場敏雄

主文

被告の原告に対する京都地方裁判所昭和三六年(ワ)第五三七号家屋明渡請求事件和解調書にもとづく強制執行はこれを許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

昭和三八年一二月一二日付本件強制執行停止決定はこれを認可する。

前項に限り仮りに執行できる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、その請求原因として、

「(一)被告は、弁護士上田信雄に委任して、原告に対し、増額賃料不払いを理由とする賃貸借契約解除に因る別紙目録<省略>記載の家屋(本件家屋)の明渡(家屋明渡までの賃料・損害金の支払を含む)を求める訴(京都地方裁判所昭和三六年(ワ)第五三七号事件)を提起し、その事件の昭和三八年九月一八日午前一一時の期日に、原告(本件被告)訴訟代理人上田信雄と被告(本件原告)とが出頭して、和解し、調書に左記の和解条項が記載された。

一、原告と被告とは本日本件賃貸借契約を解除する。

二、被告は原告に対し本件家屋を昭和四二年二月末日限り明渡す。

三、被告より原告に対し支払われた家賃金及供託された金員はすべて原告において取得する。

四、被告は原告に対し昭和三八年七月分より右明渡ずみまで一ケ月金二、四四〇円を本日までは本件家屋の家賃として昭和三八年九月一九日以降は家賃相当損害金として当月分を毎月末日限り原告方に持参又は送金して支払う。なお昭和三八年七、八月分は同年九月分と一括して昭和三八年九月末日限り支払う。

五、被告が右金員の支払いを二回分以上怠つたときは当然期限の利益を失い即時本件家屋を明渡すこと。

六、原告はその余の請求を放棄する。

七、訴訟費用は各自弁とする。

(二) 被告は、原告が、昭和三八年九月末日限り支払うべき金七、三二〇円(内金二、四四〇円を一〇月二八日に支払)と同年一〇月末日限り支払うべき金二、四四〇円の支払を怠つた、と主張して、昭和三八年一二月九日、本件和解調書正本に執行文の付与を受け、強制執行をなさんとしている。

(三) 本件和解成立の日、被告の代理人弁護士上田信雄は、原告に対し、昭和三八年九月末日支払うべき金七、三二〇円を上田弁護士方に持参支払うよう求めたので、原告は、これを承諾し、上田弁護士が指定した昭和三八年九月三〇日午後四時頃、右金員を上田弁護士方に持参提供したが、上田弁護士不在のため、再度上田弁護士が指定した翌一〇月一一日午後四時頃、右金員を上田弁護士方に持参支払つた。

(四) 原告は、昭和三八年一〇月二八日、同月末日までに支払うべき損害金二、四四〇円を被告方へ直接送金して支払い、本件和解にもとづくその後の損害金を毎月遅滞なく被告方へ直接送金して支払つている。

(五) 上田弁護士は被告を代理して本件和解にもとづく第一回分の金員の受領権限を有したものである。

仮りに、上田弁護士にその権限がなかつたとしても、その権限ありと原告が信じたことに正当の理由があるから、民法第一一〇条または第一一二条により、本件和解にもとづく第一回分の金員の支払に遅滞はない。

(六) 仮りに、請求異議の訴が不適法であれば、執行文付与に対する異議の訴として、昭和三八年一二月九日執行文を付与された和解調書正本にもとづく強制執行の不許を求める。」

と述べた。

証拠<省略>

被告訴訟代理人は、本案前の主張として、「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、

「原告主張の異議理由は、請求異議の訴としても、執行文付与に対する異議の訴(本件和解にもとづく債務者の弁済の立証責任は債務者にあるから)としても、不適法である。執行文付与に対する異議のみが許される。」

と述べ、

本案について、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

答弁として、

「(一) 原告主張の(一)、(二)の事実は認めるが、その余の事実は争う。

(二) 本件和解成立と同時に、上田信雄弁護士の弁済受領権限は消滅し、被告は、その後、上田信雄弁護士に弁済受領権限を与えていない。」

と述べた。

証拠<省略>

理由

本件のように、和解条項に、債務者が賃料・損害金を二回分以上怠つたときは当然家屋明渡猶予期限の利益を失い即時家屋を明渡する旨のいわゆる過怠約款がある場合に、債務者が過怠条件の不成就を主張することは、債務名義に表示された給付義務の履行条件の変更を主張するものではないが、債務名義に表示されない履行猶予の条件を主張して、請求異議の訴(一定の時点における一定の給付義務が存在しないことの確定を求める訴)を提起できるのと同様に、過怠条件の不成就を主張して、一定の時点における一定の給付義務が存在しないことの確定を求める訴としての請求異議の訴を提起できると解するのが相当である。

原告主張の事実中(一)、(二)の事実は、被告の認めるところである。

証人上田信雄の証言により成立を認めうる甲第二号証、成立に争ない甲第三、第四号証の各一、二、第五号証、証人上田信雄、同加藤和子の各証言、原告本人の供述によれば、原告主張の(三)、(四)の事実を認めうる。右認定を左右するに足る証拠はない。

被告は、「本件和解成立と同時に、上田信雄弁護士の弁済受領権限は消滅した。」と主張する。

しかし、訴訟代理人は、委任を受けた事件について、強制執行をなし、かつ弁済を受領する権限を有する(民事訴訟法第八一条第一項)。

したがつて、本件のように、増額賃料不払いを理由とする賃貸借契約解除に因る家屋明渡(家屋明渡までの賃料・損害金支払を含む)請求事件について訴訟委任を受けた訴訟代理人は、本件和解のような内容の訴訟上の和解(一定の猶予期限までに家屋を明渡す。家屋明渡まで賃料・損害金を毎月支払う。賃料・損害金を二回分以上怠つたときは当然明渡猶予期限の利益を失う。)が成立した場合、和解調書にもとづく強制執行をなし、かつ和解調書にもとづく債務の弁済を受領する権限を有すると解するのが相当である。

被告の主張は採用できない。

よつて、原告の本訴請求を正当として認容し、民事訴訟法第八九条、第五四八条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小西勝)

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